子どもが支援学級に通っています。
毎日、先生が連絡帳を書いてくださいます。今日何をしたか、どんな様子だったか。本当にありがたいなと思っています。

ある日、親戚がその連絡帳をちらっと見て、こう言いました。
「やっぱりショックだわ」
悪気はなかったと思います。ただ正直に感じたことを口にしただけなんだろうな、とも。
でも、その一言がずっと引っかかっています。
今日は、そのことを書かせてください。
今日も「気づきシェア」に来てくださり、ありがとうございます。
お茶でも飲みながら、ゆるっと読んでいただけたら嬉しいです。
「ショック」を通り過ぎているわたし

私は、もうとっくに「ショック」を通り過ぎていました。
目も合わさない、3歳すぎるまで言葉が出ない、
支援学級のこと、子どものペース、先生とのやりとり。
毎日その現実と向き合いながら、少しずつ受け止めてきました。
泣いた夜もありました。
何度「私の育て方が悪かったのかな」と思ったかわかりません。
それでも、少しずつ、本当に少しずつ、子どもの世界を理解しようとしてきました。
支援学級の連絡帳は、その積み重ねの記録みたいなものです。
だから「ショックだわ」と言われたとき、
なんだか自分のここまでの日々を否定されたような気がしました。
あなただけじゃないと思います。
子どものことで、身内に何気ない一言を言われて傷ついた経験、
実はとても多くの方が持っています。
「そんなことで」と思われそうで言えなかっただけで、
同じように胸が痛くなった人はきっとたくさんいるはずです。
なぜ「言えない」のか

私が「おかしいのかな」と思いました。
相手も日々忙しいだろうし、
私が敏感になりすぎているだけかな、って。
でも、やっぱり傷ついたものは傷ついた。
身内の言葉って、距離が近いぶん、直接届きますよね。
他人なら「まあ、わからない人だし」と流せても
身内だと心のど真ん中に刺さる。
しかも「言えない」ことが多い。
反論しづらい。
言ったら絶対「私が悪いの?」って相手に言われる、
結局自分がフォローする側になる——
そういうのが見えているから、黙って飲み込んでしまう。
飲み込んで、「相手も大変なんだし」と自分を納得させる。
でも、傷ついた事実は消えないんですよね。
そしてこれが積み重なると、じわじわと自分が削れていく感じがします。
爆発するわけじゃない。
ただ、気づいたら疲れている。
なんとなく、自分の気持ちを後回しにすることが当たり前になっている。
それって、すごくしんどいことだと思うんです。
「言えない」は、あなたが弱いのではありません。
関係性を守ろうとしているから、相手のことを思いやっているから、言えないんです。
それはむしろ、あなたが誠実だということだと思います。
ただ、その誠実さが、いつも自分を後回しにする方向に向かってしまっているとしたら——
少し立ち止まってほしいと思います。
傷ついたと、認めていい

相手を責めなくていい。言いに行かなくていい。関係を壊さなくていい。
ただ、自分の心の中で、「私は今日傷ついた」と、認めてあげてほしいんです。
それだけでいい、と私は思っています。
誰かに「そうだよ、それは傷つくよ」と言ってもらえるだけで、
ふっと楽になることがあります。
自分がおかしいんじゃなかった、って思えるだけで、少し前に進める気がする。
私はおかしくなかった。そう思えたので、今日はここに書きました。
もし今、誰かの言葉に傷ついているなら、どうかご自身の気持ちをないがしろにしないでください。
傷ついたことに気づいているあなたは、
ちゃんと自分を大切にしようとしています。
それだけで、十分だと思います。
同じような気持ちを抱えている方に、少し届いたらうれしいです。
人生楽しみましょう!
最後までありがとうございました。


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